五里霧中・百合夢中

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2009/03/09(Mon) 01:31

[ネギま!]最近の展開について。

 しばらくネギま!に関することを書いてなかったので何か書きたいな~と思っていたのでつらつらと書きなぐってみました。よろしければ見て行ってください。

 単行本派の方にはネタバレを含みます。

 まず最初に、

ラカンは“努力の人”でなければならないし、実際に努力の人である。


■ラカンが努力の人でなければならない理由

 「ラカンがナギより長く生きている」というのがその理由です。

 ラカンは天才の人であるナギと同等の力を持っています。
 ですがラカンとネギの間には40年にもおよぶ年月の差が存在します。

 もしラカンが天才の人であるならば、ナギがその歳からは考えられない孤高の力を持つ存在となってしまう。
 もしくは逆に、「長い年月を経ても10代の少年となんらかわらない天才」というただラカンの格をちっぽけなもにしてしまう設定となるのです。

 物語における天才の人というのは若くなくてはならないのです。歳をとった天才という設定は絶対的な壁となってしまうのが常です。(そんな天才が乗り越えられるときは「天才も衰えには勝てない」となる)



■あんなにも破天荒な行動をしたのにもかかわらず「実際に努力の人である」というのはどういうことか

 幼い頃から剣闘士として戦い、そして後に紅き翼に加わり各地を転戦する。
 紅き翼は敵対する側から見れば驚異的な存在です。目の敵にして紅き翼に挑むでしょう。
 時に様々な罠にかけられることもあったと思います。数々の魔法を目にし、その身に受けたことも多くあると思います。
 その全てを経験として、研究をかさねて今のラカンは存在しているのです。でなければ、あの年でナギと同じ強さということにはならない。(天才であればナギよりも遥かに強く、天才でなければそこまでの努力なしにナギ[天才]と並ぶことはできない)。
 根拠もなしにやってのける天才ではないのです。

 ただ、それがあまり描かれていないのも事実だと思います。
 今ネギま!はネギとラカンの戦いと同時に、亜子の物語も動いている。そこにラカンの物語を長く挟むことはできなかったのでしょう。

 だからといって、亜子の物語を戦いの始まる前、もしくは終了後にすればよかった、という結論を出すには少す早いと思います。



■バトルとラブコメが平行して進行・展開している理由

 恋を紡ぐ物語というもので必ずといってもいいほど必要となってくるのが“勇気”です。ネギま!という作品では何度も繰り返し使われてきた言葉ですね。
 そしてもう一つ、亜子の場合には必要な物があります。亜子の恋の相手は偽りの人物、そこに生まれるのは、避けられない悲しみです。でもその時に必要になるのはそこから立ち上がり歩き出す強さなんですよね。それが必然と求められます。

 “勇気”と“立ち上がる強さ”。全力を出したラカンと対峙するネギにもこの2つの力が同じように求められるのではないか。
 勝てない相手に立ち向かう勇気。やられても立ち上がる強さ。

 それが赤松先生がバトルと恋物語を平行させている理由だと考えます。
 同時に展開している二つの物語は、それぞれの終幕へ向けてシンクロしながら進んでいくのではないでしょうか。


tag : ネギま! 考察

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